うさぎやすぽんの愛・スクリーム バニラモナカジャンボ編

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突然だけどぼくはアイスがめちゃくちゃ好きである。

ガリガリ君のような氷菓からハーゲンダッツのようなアイスクリーム、行列のできるかき氷屋、海外のジェラート、何から何まで好きである。

いわゆる「コンビニアイス」には並々ならぬ思いを持っているし、並んでいるアイスのカロリーや原材料は大方把握してるし、だいたいの新商品を見ておおかたのカロリーを予測できるぐらいの能力を持っている。(ちなみにガリガリ君ソーダのカロリーは68kcalで、炭水化物はだいたい18gだった気がする)

 

というわけで突然だけど思いつきでアイスを語る記事を書こうと思う。ジャストアイデア・アイスクリーム。

 

今回は「バニラモナカジャンボ」

えっ? そこは「チョコモナカジャンボ」じゃないの? と思うかもしれないが、ぼくが好きなのはバニラモナカジャンボである。

そもそも森永製菓は凄い。

森永乳業のアイスもハズレなしで有名だけど、森永製菓はなんというか、そのアイスが森永製菓というだけで風格を帯びる気がする。

「ビスケットサンド」「アイスボックス」「チーズスティック」「パリパリバー」

名前を聞いただけで、食べた時の口当たり、食感が想像できるのではなかろうか。

 

しかし「チョコモナカジャンボ」は美味い。

モナカのパリパリ感は未だにどこのモナカタイプのアイスでは再現できていないし、チョコレートとアイスのバランスは非常によく、苦味と甘味が口の中でとろけて一つのスイーツになる感覚はクセになる。

また半分こする時の「パキッ」という音はたまらない。「パキッ」と割った断面からのぞかせるアイスの清涼感とバニラとチョコの香り。五感で楽しめるアイスだ。

ただ「バニラモナカジャンボ」にはそれに劣らない大いなる武器がある。

 

「バニラモナカジャンボ」は「アイスクリーム」なのだ。

 

アイスのパッケージの裏を見ると「氷菓」「ラクトアイス」「アイスミルク」「アイスクリーム」と分類されているのを見たことある人は多いと思う。

それは原材料の中の乳成分の「乳固形分」の量の多さに由来する。簡単に言えば、動物由来の「ミルク」をどれだけ使っているかだ。植物由来の脂からでもミルクみたいなのを作れるのは、マーガリンやコーヒーフレッシュが存在するのを知っていればなんとなくわかると思う。

氷菓、ラクトアイス、アイスミルク、アイスクリームの順で乳成分が多くなる。

よくコンビニに行って観察して欲しいのだけど、意外と「アイスクリーム」は少ない。最近はコンビニアイスのリッチ化が進んでいるからだいぶ増えたのだけど、それでもやはり値段が高いという印象がある。安いアイスはだいたいラクトアイスだ。「スーパーカップ」とか「爽」とか。それでも美味しいのだけど。

 

しかしバニラモナカジャンボを見て欲しい。「アイスクリーム」なのだ。

140円のモナカアイス、しかも量はばっちり150ml(たぶん)あって、アイスクリームなのである。

食べるとわかると思う。このミルク感。身体に悪い脂を使っていない、濃厚なクリーム感。

チョコモナカジャンボでは味わえない、リッチ感が同じ140円で味わえるのだ。そう、バニラモナカジャンボは「リッチ」なアイスなのである。

この贅沢な感じがたまらない。良いものの良いところを抽出した感じ。それを気軽に味わえるという贅沢さ。

気軽に贅沢ができる、これはとてもスマートでかっこいい振る舞いだ。

だからぼくはバニラモナカジャンボが好きである。このクリーム感に酔いしれたい。

 

例えば深夜女の子とアイスを買いに行くとしよう。

彼女が真剣にアイスの成分表示を見て言う。

「バニラモナカジャンボはアイスクリームなんだよ、すごいね」

「贅沢やなあ」とぼくは笑うけれど彼女は140円じゃんってそんなぼくを見てまた笑う。

「半分こする?」と聞いたら「でもひとつ食べたくない?」と彼女は言う。レジに2つのバニラモナカジャンボを持って行って、コンビニを出てすぐに袋を開ける。

「やっぱり濃厚だ。アイスクリーム」

「贅沢って感じがする」

チョコモナカジャンボも美味しいんだけど、なんかバニラモナカジャンボの方が好きなんだよね」

「なんか幸せになれるんよなあ。ああ、今いいもの食べてる! って」

こうしてぼくたちは2人で貴族になれるのだ。道の真ん中に佇む野良猫も、そんなぼくたちが前を通ればきっと道を譲るに違いない。

「死にたがりビバップ」について(2)

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以前も言ったけど、ぼくは映画がけっこー好きである。

だからライトノベルを書くときもよく映画を参考にしている。なんで映画を参考にしているのかというと、その方がかっこいい気がするからだ。「映画を参考にしてるんですよ」ってドヤ顔で言うとモテそうな気がする。

例えば「バッカーノ!」はガイ・リッチー監督の「snatch」とか「Lock Stock and Two Smoking Barrels」をモデルにしてるとか聞いたことがある。実際に「バッカーノ!」はかっこう良かったし、作者はきっとモテただろう、と思う。

 

「死にたがりビバップ」もある映画をモチーフにしている。勿論、その映画と比べて大変馬鹿な話になり、登場人物も大変馬鹿になった。

しかしなんといってもぼくは映画に憧れる、イキリスタイルを貫きたかった。こんなアホみたいな作品を書きながらイキリスタイルを貫かねばならんと信じていた。

 

イラストレーターの前屋進さんに、キャラクターデザインのイメージを伝える際にぼくがとった手法は「映画俳優の写真を送る」というものだった。

「主人公は絶対にエイドリアン・ブロディみたいな感じがいいです」

「このキャラは、あの、トレインスポッティグのシックボーイみたいにしてください。これです! これ!」

前屋進さんはぼくのイキリスタイルを「ハァ〜〜〜???」と思いながら、しっかりと答えて、そしてぼくのイメージをはるかに超える素晴らしいキャラクターデザインを提案してくださりました。本当にその節はすみませんでした。ありがとうございました。

 

本文中にもぼくの映画の趣味を散りばめた。勿論、ぼくの映画の趣味は偏っているし、こんな無理やり映画の趣味を混ぜるな、と言いたいものばかりのはずである。

でもなんだか映画好きの人にもちょっとクスッときてほしいな、とそういう思いがある。

どんな趣味の人にも広く受け入れられるライトノベルを目指して書いた。だからどんな趣味の人にもとりあえずちょっとだけでも読んでほしいなと思う。

 

しかし

 

「ああ、童貞なんて糞食らえだ」

 

なんて本文にあるような作品が、どんな人にも受け入れられるのかは謎である。

 

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そういえばディズニーランドに行ったんですよ。生まれて初めて(うさぎやすぽん 23歳)。母と姉と(うさぎやすぽん 23歳)

チップとデールってめちゃくちゃ可愛くないですか?


 

踊ってる方が可愛いよ

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実はと言うと、ライトノベルをあまり読まずに育った。

大学生になるまで、というか小説を書くまでは本を読むといえばだいたい姉の影響で、安部公房とか遠藤周作とかカポーティとかそういうのばかり読んでいた。

例えば一般文芸だと森見登美彦とかは好きだったし、児童書だと夢水清志郎シリーズとかは読んでいた。

でもぼくにとってライトノベルというのは、その昔友人に借りて読んでいた「とらドラ!」の印象しかななった。「とらドラ!」はめちゃくちゃ面白かった。ぼくは亜美ちゃん派。

 

だからライトノベルを書き始めてからライトノベルをちゃんと読むようになった。その中でも「イリヤの夏、UFOの空」は教えてもらって本当に良かった。おっくれってるーーーーーぅぅぅぅぅ!!!! って言われてると思う。なぜ今まで読まなかったんだろう。

 

そんな中最近読んだ「青春ブタ野郎シリーズ

面白かった。麻衣先輩が可愛い。というか「マイ」って名前の女の子はだいたい可愛い。これは偏見である。

 

しかし思ったことがある。ライトノベルの主人公。女の子に手慣れすぎでは?

ぼくにとって女の子というのは「わけわからん!」となるものであり、自分の思い通りに女の子と会話が進んだことがない。

自分の言った些細なことが女の子を不機嫌にさせたりドン引きされたことの数は知れず、自分の言った本気の言葉を軽くスルーされたことの数も知れぬ。

そうかと思えば不意打ちで女の子の一言がぼくに痛恨の一撃を与えることがある。ここで「快心の一撃」と「痛恨の一撃」をちゃんと分けることができたぼくは偉い。

 

しかしこの小説の主人公、梓川咲太は違った。

 

「今、私が震えながら『消えたくない』って言って、泣き出したらどうする?」

「背中から抱きしめて『大丈夫だよ』って耳元で囁こうかな」

 

青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』(電撃文庫)より

 

 

な、なんだこれ。年上のめちゃくちゃ美人の女の子と普通こんな会話ができますか。

ぼくなら年上のどちゃかわな先輩にこんなこと言われたら「へっ、へぇ? あっ、どうしたらいいんですか?」とか山羊みたいなアホヅラで言うと思う。山羊の顔とぼくの顔を重ねて欲しい。

 

だからぼくの書いたライトノベルの男キャラは総じて女の子に困っている。

女の子のキャラクターたちも、ぶっ飛んだ女の子ばかりである。

ぼくにとって女の子というものは一生理解ができぬものだと思う。

 

上海蟹食べたい あなたと食べたい

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くるりの上海蟹の曲ばっかり聴いてる。今更かよ!

 

https://youtu.be/NyddMMiViZc

 

しかし「上海蟹食べたい あなたと食べたい」って歌詞がとても良い。

ぼくは美味しいものを食べること美味しいお酒を飲むことがとても好きだ。多分嫌いな人っていないんだろうけど。

食べ物には躊躇なくお金を落としている。特にジェラートやどら焼きは見かけたら絶対に買っている気がする。

 

でも、それ以上に女の子のことが好きである。年がら年中、女の子のことばかり考えている。POPEYEの「女の子のことばかり考えていたら、あっという間に正月だ!」というコピーはとても良かった。

 

例えば美味しいものを食べたとき。1人でもなんでも。友達と一緒でも。よく思うのは「ああ、これあの人に食べてもらいたい!」とか。

そのあの人は、仲の良い家族だったり友人だったりするし、そして何より自分の好きな女の子だったりする。

 

多分上海蟹だって食べると「ああ、あの子と食べたいな」とかそういう気持ちになると思う。

美味しいものを食べることも好きだけど、美味しいものを食べている人も好きだ。

だから2人で並んだり向かい合ったりして美味しいものを食べるっていうのは最高だ。横顔も正面から見た顔も可愛い女の子なら尊い

ジェラートやソフトクリームだったら食べ方に人があらわれるし、そういうのも良い。この人はこんな風に食べるのか。そんな発見をしたい。

 

そんなことばかり考えていると、あっという間に正午である。

ちなみに昨日は1人でまたホッピーを飲んでいた。一人飲みの頻度がすごい。なんだ今の文章。まるで女の子といっぱいご飯食べたことがあるみたいな顔しやがって。

ちなみに女の子にホッピーを飲ませたいとは全く思わない。

 

日本酒は広島とか福島とかのが好きかなあ。辛口がいいよ。なんでも辛口が。 

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「死にたがりビバップ」について

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「本発売するんですよ」と言ったらほぼ間違いなく「どんなはなしなんです?」と聞かれる。至極当然の疑問である。

しかし返答にいつも困る。一文で言い表すのがとても難しいお話だからだ。

簡単に言えば「自殺志願者が同じ列車に乗り合わせてどんぱちする話」である。どんぱちと聞いたらやはりボボボーボ・ボーボボを思い出すのはそういう世代だからだ。

 

しかしぼくはこの作品にいろんなものを練り込んだ。23年間、ぼくが培ってきた夢、偏見、邪念。ちなみに夢は1割程度で残りの9割を偏見と邪念が占めている。

多分、「読者を楽しませよう」という気持ちがあまりない。そこが「ライトノベル」らしくないのだと思う。

だからと言ってぼくはそんなに崇高な思想など持っていない。そういうのがあれば純文学を書いている。

これはアレだ。ほとんど女子高生のブログみたいなもんだ。そういう作品である。

 

様々なキャラクターの一人称から文章が形成されている。このやり方は「夢水清志郎シリーズ」の作者「はやみねかおる」の影響を受けている。「森見登美彦っぽい」と言われたことがあるけれど、断固ぼくは「はやみねかおるに影響を受けた」と言いたい。

影響を受けたのは受けたけど、多分誤った解釈をしたから文章はそれはもう酷いもんである。自分で書いてて阿呆かと思った。

どういう文章かっていうのは今は多分公開は出来ないんだけど、というかほとんどぼくのブログみたいな感じである。それが一人称が私になったり俺になったり、女の子の「私」になったりするだけだ。

 

というか本当に好き勝手やったな。読み直してても酷いな! と思う。

「いや、この作品で大事なのは『やりきること』だ」

スニーカー編集部でこの言葉を受けたときは「いや、売れることを考えようや」とさすがのぼくも鹿威しの音がなったぐらいでポカンとしたのだけど、家に帰って「編集部でそう言われたからな〜」と好き勝手に改稿した。めっちゃ怒られると思ったけど、意外と「まぁ、これはこれで文体とかも魅力的ということで、あえて細かいところは変えない方針で」と言われて、それで良いのかスニーカー! とびっくらこいた。編集部の懐の深さに対する感謝の念はゲルマデック海溝よりも深い。ちなみにゲルマデック海溝は「金色のガッシュ」で学んだ。

 

この作品の主人公には、運命的な出会いをするヒロインもいないし、主人公のことを何かと気にかけてくれる幼馴染もいないし、料理が得意な妹もいない。そして主人公は「俺は普通の人間だ」とか言わないし、普通と言いながらも妙に頭が良くて機転がきくみたいなこともできない。

この作品は群像劇っぽくプロットがとても練られていてキャラクターの行動とキャラクターの行動があるとき一線に交わってスパッと爽快!みたいな展開もあるわけではない。

 

でも、世にある「ライトノベル」とはちょっと違った「ライトノベル」が出来上がったのではないかなと思う。むしろ、これと似たような作品を書く馬鹿がこの世にもう1人いたら大変だと思う。

 

面白いかどうかはわからないけれど、是非手に取って欲しいし読んで欲しいし、「こいつは馬鹿だ!」と思って欲しい。

 

 

宣伝は難しい。「これ面白いですよ!」って自分で言うのはとても恥ずかしいものである。

 

でも、言えることとしては、

ぼくは書いてて超楽しかった。

あと、カレーの描写だけは力を入れたつもりである。

 

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POPEYE に聞いてみろ

昔の写真を見直してたらレモン牛乳を飲んでいた。

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POPEYEという雑誌がある。

magazine for city boyと謳うこの雑誌がぼくは好きで、毎月出るたびに必ず目を通し、シティーボーイとは何かをセブンイレブンの店内で考え、そしてモンスターエナジーウルトラを買う。

特に毎年1月に出す「ガールフレンド」という特集の号が大好きだ。その月だけはmagazine for city girl と表紙に書かれている。POPEYEを買うシティーボーイの恋人たるシティガールのための雑誌に変わるのである。なんとも洒落たことをする。

 

しかし何がいいかって、「女の子のためにできる100のこと」とかそういう企画であるというのに、載っていることが全部男の一人歩きした妄想なところである。

 

コーデュロイツイードのセットアップを買う」

いや、女の子が「彼氏には絶対にツイードのジャケットを着てほしい!」なんて言うだろうか。ぼくの知る限り、女の子というものは彼氏がファッションオタクだったらドン引きするものである。

「外国人風のラブレターを書く」

いや、キモい! はっきり言ってキモい!いまどきラブレターとか100年の恋はさすがに「まぁ、たまには……」とイケるかもしれないけれど、半年程度の恋ならば確実に冷める。ラブレターが遺書になる。

「『ごっつええ感じ』のDVDを用意する」

だいたい「ダウンタウンは天才」とか語り出す男はダメである。ガキ使のトークのDVDとかも普通は隠すべきだ。趣味の押し付けは良くない。

 

その他にも映画の話とか本の話とかいろいろあるけど、どれもこれも女の子が好きそうなものではなく「こじらせた男が好きそうなもの」ばかり載っていて、もしそんな映画を女の子に勧めようなものならドン引きされるだろうって感じがする。ミシェル・ゴンドリー好きな男は何をやってもダメなのだ。女の子は「美女と野獣」が好きなのだ。

 

でもぼくは「POPEYEでイケてるとされている男」がイケてると信じているし、そういう行動を頑張ってとる。女の子が重そうな荷物を持っていたら「持つよ」ってちゃんと言うし、会う前にはええ感じの(自分にとって)手土産なども用意する。頭の中では「だってPOPEYEにそう書いてあったから」と言っている。

 

目指せシティボーイ、なんて言いながらパラブーツを磨くし、シャツも第一ボタンまで締める。

しかしシティーボーイって言葉の意味が未だになんなのかわからない。

 

だいたい23歳の、女の子の手も繋げないような男が「ガールフレンド特集」を読んでいるという現実、しんどい。非常にしんどい。

 

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レモネードのド、コーヒーのヒー

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なんかいい構図の写真。

 

毎日生きてると楽しいことも面白いこともある。

木曜日は飲み友達が大阪に去るということ最後に挨拶をしに行くことになった。

ぼくはふらりと花を買うことがかっこいいと思ってる。だからふらりと花を買って贈ろう、そうすればぼくはかっこいいはずである、と自分が加瀬亮になったイメージで花屋に向かった。贈る相手は男だけど。

だって女の子に花を贈るって難しいやん。

なんかの漫画で「花を貰って喜ばない女の子はいない」とか聞いたことがある気がするし、BLUE GIANTにも「私、お花だーいすき」というセリフがあってそこでうるうるした記憶がある。

でも実際花に興味はない女の子はいるだろうし、だいたい好きでもない男に花を贈られるってけっこーしんどいと思う。

でもぼくは女の子に花を贈るシチュエーションが好きだしそんなことができるようになりたい。これはPOPEYEの読みすぎである。

 

バイトが終わって21時。いそいで神保町から吉祥寺に向かう。22時ぐらいになったかな。東京を去る友人はなかなか来なくて、別の飲み友達と待ちながら「あいつなにしてんのや」とビールを飲んでいた。疲れていたからか、ビールはすぐなくなった。

 

しゃあしゃあと女の子を引き連れて友人はやって来て「くそやくそや」と汚い言葉で罵りあった。別れのムードがまるでない。

花を贈ったときの反応はこうだった。

「お前、女の子に贈れや!」

至極当然の反応である。けらけら笑った。

そしてぼくはこの人は絶対に泥酔して花を忘れて帰るに違いない、と思っていた。オチとしては完璧である。むしろそうなってくれ、と思っていた。

しかし友人はちゃんと持って帰った。いいとこあるな、と思っていたら、その花をその日の宿に忘れて来たらしい。別の友人が花を家に飾ってて笑った。

 

花を買うとなんだかいつもいいことがある気がする。こうやって笑い話ができるのも、花のおかげである。

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