橋本愛と付き合って三年目である世界に行きたい
懲りずにリトルフォレストの話をします。
「リトルフォレスト 冬・春」を見ました。
これも前作と同じで橋本愛がただひたすらに自給自足しながらあんこを炊きケーキを焼き小麦を捏ね山菜を摘むだけの映画なんですけど、もうその魅力はぼくの少ない人生経験と語彙では語りきれないのでとにかく見てください。
この橋本愛演じる「いち子」が本当に素敵な女性なんですよ。
負けず嫌いで頑固、なんでも1人で出来るしっかりもの、でもちょっと現実逃避とかしちゃうところもある、みたいな。
脆いところもある、けど、強くて逞しい女性です。
そしてこの映画を見ていると、このいち子と自分が、共に長い時間を過ごしたかのような錯覚に陥る。
そう、まるで付き合って三年目の彼女みたいな。もう、そこにいるのが自然で、当たり前、みたいな。その日常が明日も来るんじゃないかって。
ぼくは東京に今住んでるから彼女もきっと東京なのだろう。多分、東急東横線のどこかに住んでいる。学芸大学前からちょっと離れたところ。15分ぐらい歩くかもしれない。坂道だから、自転車で駅に向かうのも大変だ。
彼女の家に着くと、彼女が好きなドライフラワーが玄関に飾ってある。その香りを嗅ぐと、ああ、彼女がそこにいるんだな、と安心する。彼女はラベンダーが好きだった。でも香料のラベンダーは嫌いらしい。一度、ラベンダーの香りのする洗剤を買うと、むっ、とした顔をされたことがある。
彼女はぼくの1つ年上で、社会人二年目だ。だから最近は彼女とゆっくり過ごすのは土日だけに限られる。平日、彼女はいつも疲れた顔をして帰って来るから、彼女の得意な料理を食べるのはなんだか申し訳ない。でも彼女はぼくがやって来ると知ってると、前日になにかしら仕込んでくれるので、ぼくはいつもそれに甘えてしまう。
その日は土曜日の昼下がり。2人でぼうっと映画を見ていた。何回も見たはずの「南極料理人」だった。
映画が終わると、彼女は、ぽつり、と呟いた。
「仕事、辞めよっかなあ」
ぼくはちょっと黙って、驚いたふりをする。
「どうしたん?」
「いや、ちょっと、考えちゃってさ。なんかこのままでいいのかなーって」
ぼくはなんて答えればいいのかわからず、愛想笑いに勤しんだ。
「いいんじゃない?」
「そんな簡単な話じゃないんだよ、すぽん君」
「君が言い出したんやんか」
「でもなーって。なっちゃう」
「君ならなんでも出来ると思うし、辞めてからいろいろ考えてみてもいいかも」
「私はすぽん君みたいに何も考えず楽観的に生きていけるわけじゃないの」
彼女は尖った口調でそう言って、キッチンの方に向かった。「じゃん」と自慢げに彼女が持ってきたのは、細長いパウンドケーキである。
「言いすぎた。楽観的なすぽん君。とりあえず食べよ。パウンドケーキです」
「うまそう」
「今回はね、柚子と、クリームチーズ」
「柚子かあ」
「意外とね、合うんだよ。クリームチーズってだいたいの果物いけるんじゃないかな」
そんな感じの、生活をしていた気がする。
ちなみにぼくは今、1人で、もやしを茹でたやつを食べていた。